「反発」よりもっと怖い目に遭った原発映画

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●『(原発推進派も反対派も)両方が同じ事を思っているわけですよ、「あいつらが国の将来をダメにする」って。我こそが正義だと。』(下村健一)

●『(爆発を予見できなかった理由を監督に問われ)それまでいろんな質問に(官邸で)一生懸命答えていて、(原発の建屋に)水素が漏れている可能性があるということに気づかなかった自分に腹がたちました』(班目春樹・原子力安全委員長/震災当時)
●『(3/15早朝、東電が)少なくともコントロールできないような状況に(まで)撤退するつもりであった、これは間違いない』(枝野幸男・内閣官房長官/震災当時)
●『リスクという概念で自動車事故と原発事故を一緒にするな、というのはよくわかります、《気持ち》は。でも、それを一緒にするのが、科学であり技術なんですよ』(原発肯定論の澤田哲生・東工大助教)
●『(避難生活は)「やる事がない」じゃなくて、「何をしていいかわからない」のよ。ちょっと言葉間違ったね!』(メディアを批判する仮設住宅暮らしの方が、監督のインタビューの表現を叱って)

―――見た目が“和製マイケル・ムーア”な石田監督(写真左)は、「あんたらメディアは…」と畑で叱られながらも、最後は被災者の方と心から打ち解ける。班目氏のしょーもない回答に、本人の目の前で「あちゃ~」と言ってのける。
避難住民の皆さん、原発推進の専門家たち、歴代首相(菅直人・鳩山由紀夫・細川護煕・村山富市)、自然エネルギー推進に取り組む青年、…本当に沢山の立場 の人々が、石田監督マジックで驚くほど率直にホンネを語る。それが、ドキュメンタリー映画「無知の知」の、他に例を見ない圧倒的魅力だ。

この映画の上映会と、石田監督vs出演者下村のトークイベントが、東海大学で開かれた。

石田:「この映画は封切りされたら、かなり反発が来ることも覚悟してたんですが、意外にもそれは全くありませんでした。」
下村:「その代わりに、《反発》よりももっと恐ろしいものが世間からやってきた。それは、《黙殺》です。見た人は皆、面白いと言う。だけど、この映画は 《正解のわからない問題を、正解のわからないままに》率直に提示しているから、ズバッと結論を決めつけてくれる単純なストーリーに比べると、スッキリはし ない。世の中は白黒スッキリを求めたがるから、どうしてもこの映画は広がらないんですね。」

――トークでの私のこの発言に、監督も、客席の皆さんも、あちこちでうなづいて下さっていた。

『アメリカン・スナイパー』の公式HP掲載のコメントで、私はエンドロールを無音にしたイーストウッド監督の思いに言及したが、実はその日本公開よりも先に、『無知の知』も無音エンドロールの演出をやっていた。石田監督もまた、「音楽で誘導はしないから、観た人が考えて」という姿勢だ。

とにかく、観ちゃえば面白いんだから、だまされたと思って観て欲しい。皆がこれを観て理解を拡げてくれなければ、次の原発事故の時、また不毛な相互不信が増幅するだけで、日本社会は何も学んでいないことになってしまうから。

映画館巡回期間は先月で終わってしまったけれど、オフィシャルHPには、今日の東海大のような自主上映会の情報も随時掲載されるはず。自分達で上映会を主催する申込もできる。要チェック!

※いい機会を作って下さった、ファシリテーターの東海大・水島教授(写真右)に、感謝しつつ。

書いた人 下村健一 22 Articles
TBS報道局アナ(スペースJ、等)を15年務めた後、フリーキャスター(筑紫哲也NEWS23、サタデーずばッと、等)10年。その後、内閣審議官(2年任期満了後は民間契約アドバイザー)として計約900日、民主・自民の3政権で政府の情報発信に従事。現在は慶應義塾大学、関西大学、白鴎大学で教鞭をとる他、小学教科書の執筆など、幅広い年代の子ども達の教育に携わる。世間の難しいコミュニケーションを橋渡しする《コミュニケーター》として働くことがモットー。