地下鉄サリン事件、23年目の各駅献花

050319/RSC初メモリアル・ウォーク(伴走車前で)

地下鉄サリン事件発生から丸10年の前日=2005.3.19、同事件被害者の医療支援NPOである「リカバリーサポートセンター」が主催して、犠牲者が出た各駅を被害者が巡る献花ツアーが初めて実施された。「あの事件に遭って以来、怖くて地下鉄の駅に下りて行けない」という人達にとっては、克服のリハビリも兼ねていたので、具合が悪くなることに備えた伴走の小型バスまで用意してのチャレンジだった。上の写真は、そのバスの前で、参加者の皆さんに行程などの説明をしているところ。
―――以来、参加者の皆さんの好評で毎年開かれるようになったこの献花ツアー、今年の様子を実況ツイートしたのでここにまとめて再掲しておく。
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① 10:49 – 2018年3月20日
23年前の3月20日、地下鉄サリン事件で犠牲者が出た各駅を、被害者の方々が順に回るリカバリーサポートセンター恒例の献花弔問、小伝馬町駅から先程スタート。
テロ警戒のポスターが貼られた脇の「忘れ物取扱所」内に特設された献花所へ。
事件を“忘れ物”にしては、断じてならない。

地下鉄サリン①


いや、中はきちんと整えてくれてます。
JR尼崎事故などと違って、東京メトロはむしろ被害者なわけだから、この対応はありがたいです。僕らの前後にも、同僚を失った営団の職員さんがたびたび献花に訪れてました。

② 11:01
八丁堀駅、献花台の手前の手荷物置き場が広くて助かる。
行き交う一般乗客の人達は、何だろうこの一団は?といぶかしげな人、アッと気づく人…

地下鉄サリン②
③ 11:05
築地駅での祈りを終えた。あの日、野戦病院と化した聖路加病院の足元。
今でもそこの石松ドクターらが、このNPOを支えてくれている。
さあ、次はいよいよ霞ヶ関!

④ 11:25
霞ヶ関駅。
こうして取材する記者達にも、事件当時の世間の異様な恐怖感や緊張感を体感記憶として持っていない人が、もう多い。
それでも何とか理解して伝えようとしてくれている姿勢に感謝。
地下鉄サリン③

⑤ 12:12
神谷町駅での献花を終えて、中野坂上駅へ移動中。
霞ヶ関駅を過ぎるとパタッと報道陣がいなくなるのは例年通りだが、今年いつもと違ったのは、取材に応じた被害者さん達に、各記者が皆「また電話していいか」と連絡先を確認してたこと。
明らかに、死刑執行時の対応モードだ…

⑥ 12:51
最後の中野坂上駅での献花を終えて、解散。
各駅で合掌しながら僕が念じたことは、「情報を狂信して暴走する人達をもう生み出さないよう、本当に役立つメディアリテラシー教育の普及に全力投入します」という誓い。
それこそが、究極の再発防止策だから。

書いた人 下村健一 24 Articles
若手メディア人の勉強会「令和メディア研究所」主宰。インターネットメディア協会(JIMA)リテラシー担当理事。TBS報道局アナ(スペースJ、等)15年、フリーキャスター(筑紫哲也NEWS23、サタデーずばッと、等)10年。その後、内閣審議官等のポストで計約900日、民主・自民の3政権で首相官邸の情報発信に従事。東京大学客員助教授、慶應義塾大学特別招聘教授、関西大学特任教授などを経て、現在は白鴎大学特任教授。小学教科書の執筆から企業(新人〜経営者)研修まで、幅広い年代のメディア・情報教育に携わる。

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