サリン事件被害者の方、無料検診にお越しください

問診

「こんにちは〜」と、1年ぶりの同窓会に来たような微笑みを浮かべる人。言葉少なに、やや緊張気味の硬い表情でやって来る人。40代からお年寄りまで、男性が約6割、女性が4割。この日も、某保健所の2階ロビーで受付をやっている私の前に現れる人々の様子は、さまざまだった。ただ一つ、この人たちには共通点がある。―――あの日、東京の地下鉄に乗っていて、猛毒サリンガスを浴びて倒れたこと。

死者13人・重軽症者6000人以上の大惨事となった、1995年3月20日の地下鉄サリン事件。その被害者に対する毎秋恒例の無料健康診断が、今年も東京近郊数ヶ所の保健所などを借りて、順次行われている。世界史上初の都市型化学兵器テロだから、今後のための被害者データ収集という観点からも、そもそも国家転覆を狙ったテロ事件の巻き添えを食った人たちなのだから国がケアして当然という観点からも、これは明らかに厚労省が手がけるべき仕事だと思うのだけれど、なぜか事件発生以来ずーっと、NPOである「R・S・C」=リカバリーサポートセンターが運営している。(HPはこちら。人手不足であまり更新されてないけれど、今までの流れは分かる。)

あれから21年…まだ初診の人がやって来る

先月29日、朝9時。埼玉県内の某保健所に、問診担当の石松理事(あの事件当日被害者が押し寄せた、聖路加国際病院の現・副院長)はじめ、当時から関わりのあった医療関係者や、後に趣旨に賛同して合流したカウンセラー、セラピスト、ボランティアの面々が集合。問診・心電図・尿検査・眼科相談・セラピー等の各ブースで、夕方まで三々五々訪れる被害者の人たちに対応した。

今回は、別の会場での検診の様子がNHKニュースで報じられたことを弾みに、「21年目にして初めて来てみた」という方も5人。そうなのだ。これだけ長年活動を地道に続けていても、まだこのR・S・Cの存在を知らない被害者さんもいれば、知っているけれど行くことに躊躇している人もいる。

自分がサリン被害者であることを周囲に知られたくない人たちに配慮して、私たち受付係は名簿照合による本人確認作業も、周りから覗き込めないよう慎重に行い、確認できた人には番号札を手渡して、以後全プロセスの間、名前では呼ばないようにしている。事件からまだ年数が浅い頃には、「この検診に来れば被害者を簡単に捕まえられる」と狙った安直なジャーナリストなどが出没する恐れがあったので、最前線である受付は、かなりナーバスだった。(マスコミ人だった私がマスコミ人を警戒するというのも変な話だけれど。)

今はもう落ち着いて、訪れる当事者さんの中にも自分から大きな声で名乗る人も少なくないけれど、私たち主催者側は、ルーティン化してつい油断しないように気を引き締めている。

「時間が解決する」ことばかりではない

事件から歳月が経つほどに、新たに生じる問題もある。「えっ、あのとき地下鉄に乗ってたんですか! 大変でしたねぇ」という世間の反応は、すっかり後退。「いつまで事件の記憶を引きずっているの」「もう体調不良なんて気のせいよ、忘れなさい」と善意の激励のつもりで言う周囲の人が増え、後遺症が抜けない被害者はジワジワと肩身が狭くなっている。

そして実際問題として、被害者の高齢化も進行し、例えば「目が霞む」といった自覚症状も、サリン中毒の影響が残っているのか、単に加齢によるものなのか判別が付かなくなってきている。ある医師は言った。「そもそもサリンは殺人目的で研究開発されたものだから、失敗した(=生き残った)後の研究なんて、関心外だったんだよ。」 しかも、やっかいなことにオウム真理教信者たちが撒いた物にはサリン以外の不純物も混ざっていたので、どうなっていくのかは専門家にも確実にはわからないのだ。

さらに、私達このNPOの運営スタッフ自身も、事件当時より全員20歳ずつ歳を取り、主力メンバーで他界する方も出てきた。今さら新たに問題意識を持ってこの取り組みに深く関わろうと参入してくる人もめったにいないから、どうしても団体としての活力は低下していく。

今度の週末も、扉は開いています!

「20周年を機に、R・S・Cは役割を終えて解散しよう」———実は去年、理事会ではこんなことが、真剣に検討された。けれど、来診者さんのアンケートなどを読むと、この検診が“安心感”の拠り所になっているような方もいらっしゃって、やっぱりやめられないね、という結論に至った。

毎年定期的にR・S・Cに寄付を下さっているある支援者の方は、あの東日本大震災の年、いつもより多額の振込みを下さった。「今年は、世間の寄付金は皆、震災被災地に向かうだろうから、皆さんは大変でしょう」という言葉と共に。頑張らなくては、と心が震えた。

喜ばしいことに、受診者は毎年少しずつ減って来てはいる。今秋の申し込みは、今のところ全部でちょうど100人。現実にどこまで続けられるかわからないけれど、本当は、被害者の方々から「もう要りません」と言われる日まで、国の代わりにこの医療NPOは活動を続けるべきなのだろう。

今年の検診は、あと1回! 今度の週末、12・13日に都内で開催です。(私は「地方の時代映像祭」のため、参加できません。ごめんなさい。) 場所は当事者以外非公開なので、何か不調がありながらまだ申し込まれていない被害者の方、ぜひ事務局(電話:03-5919-0878=平日10〜18時)にお問い合わせを。

【関連動画】 下村健一の“知ってる?この話”(第14話)「地下鉄サリンから20年/R・S・Cが総括《民間支援団体に出来た事》」

書いた人 下村健一 22 Articles
TBS報道局アナ(スペースJ、等)を15年務めた後、フリーキャスター(筑紫哲也NEWS23、サタデーずばッと、等)10年。その後、内閣審議官(2年任期満了後は民間契約アドバイザー)として計約900日、民主・自民の3政権で政府の情報発信に従事。現在は慶應義塾大学、関西大学、白鴎大学で教鞭をとる他、小学教科書の執筆など、幅広い年代の子ども達の教育に携わる。世間の難しいコミュニケーションを橋渡しする《コミュニケーター》として働くことがモットー。