うんとメディアがもてはやした人については、その分だけ“引き波”の破壊力も凄くなることに留意して、報道に接したい。佐村河内氏しかり、STAP細胞の小保方氏しかり。
小保方氏が取った行動は、その外見だけ見れば、ただ「論文を発表し学界の追試に委ねる」という普通の科学者と同じ事をしただけだ。(ここで、「あん なにコピペや切り貼りがあって、どこが“普通”だ!」と時系列を混同してはならない。それらが判明して来るのは《後から》であって、世間が彼女の存在を 知った時点では、まだそれらの内情を我々は知らない。) なのに、僕らは大騒ぎした。つまりその時点では、彼女が《世間を騒がせた》のではない。《世間が 騒いだ》のだ。常識破りだ、リケジョだ、割烹着だ、と。
「そこをしっかり確認して、明日からの報道を受け止めよう」と、僕は3月10日にツイートした。それは、アッと言う間に9千件を超すリツイートを呼 んだ。その中には、早々に「騒がせたのは小保方だろ!」と断じる意見も少なくなかったが、「明日からの報道を受け止めよう」と書いた通り、まずは留保・注 視でしょう。STAP発表当時、「本当なら凄いね!」と思うべき所、「凄い!」と走り過ぎてしまった。ならば今、「(疑義が)本当ならダメだよね」と考え るべき所、「ダメだ!」と走るのも早計でしょう。
かつて松本サリン事件報道で、犯人扱いされた河野義行さん宅の「押収品からサリンは作れない」とリポートした時、私は「殺人犯の肩を持つな」と散々 叩かれた。それが19年前のちょうど今日(3/20)、地下鉄サリン事件が起きた途端に、今度は一転「犯人は河野じゃなくてオウムだ!」の大合唱となり、 オウムと即断する表現を避ける私はまたも「なぜカルトをかばうのか」と叩かれた。―――≪今は白か黒か、まだ判らない≫と言うだけで、≪黒をかばうな!≫ と難じられる。なぜそうも、結論を急ぐのか。皆、何か〆切でも抱えているのか?
理研会見でも、「適切な時期に改めて説明」と小保方氏らのコメントが紹介されているのだから、今は待とうよ。一方で「論文のチェックが甘かった」 (=もっと慎重に結論を出せ)と理研を責めながら、同時に「会見内容が歯切れ悪い」「明言を避けてる」(=早く結論を言え)と批判する報道は、本当に矛盾 している。冒頭に《世間が騒いだ》と書いたが、結局騒がせたのはメディア。そして今の激しい引き波を煽っているのも、またメディアだ。
そんな状況を嫌悪したITジャーナリストの神田敏晶氏は、この後の小保方糾弾会見を予見して、皆に「もう、この件については興味を抱くことをやめよ う」とまで呼び掛けている。⇒http://bit.ly/1i9WSdL 「正義の味方の代弁者のような質問口調」という神田氏の記者批判は、僕も自著『マスコミは何を伝えないか』に同じ事を書いたから賛同するが、この呼び掛 けには異議がある。
やはり、本人会見には、興味を持つべきだろう。何が問題だったのか、それはなぜ起きたのかを、小保方氏自身の口から聞き、無造作な全否定でなく《失 敗の輪郭》を明確にして、再発防止の材料を社会が得る。例えば「悪いと思わなかった」行為があるなら、思わなかった広い背景(一個人の性格ではなく)まで 探り出す。
そうやって、《失敗者に学ぶ》ことが、こうした事件での会見の目的でなければならない。メディアは懲罰機関ではなく、情報を社会に共有する機関なの だから。吊るし上げどころか、逆にこちらが頭を下げてでも、事の顛末を小保方氏本人に吐露してもらうのが、会見に臨む記者の使命だ。懲罰は、司法機関に任 せておいて。